お見合い相手は、十年前に振った男でした

Chapter 1 — お見合い相手は、十年前に振った男でした

「お嬢様、そろそろお支度の時間でございます。」

冷たい声が、夢現の世界から私を引き戻した。目を開けると、見慣れたシャンデリアがぼんやりと視界に入る。今日は、私が私でなくなる日。政略結婚の相手、柊龍一との顔合わせの日だ。

私は舞原葉月。舞原グループの令嬢として、何不自由なく育てられた。だが、それはすべて今日までの話。父の会社を救うため、私は柊グループの御曹司、柊龍一に嫁ぐことが決まっている。

「葉月様、お時間です。」

侍女頭の山田さんが、再び声をかけてきた。彼女の声には、いつものように感情が一切込められていない。まるで人形を扱うかのように、私をベッドから引き起こし、支度部屋へと連れて行く。

鏡に映る自分は、まるで別人のようだ。高級ブランドのドレスを身にまとい、完璧にセットされた髪。顔には、丁寧に施されたメイク。それは、私というよりも、舞原家の看板を背負った人形のようだった。

「葉月様は、今日から柊家の一員となられるのですから、舞原家の恥とならないよう、お振る舞いください。」

山田さんの言葉が、胸に突き刺さる。まるで釘を打ち込まれるように、私の心を締め付ける。私は、舞原家の、そして自分の未来のために、この結婚を受け入れた。だが、本当にこれでよかったのだろうか。

会場は、都内でも有数の格式を誇るホテルだった。眩いばかりのシャンデリア、豪華な装飾、そして、ずらりと並んだ財界の大物たち。まるで、絵に描いたような光景だった。

父に連れられ、会場の中心へと進む。そこで、私は運命の相手、柊龍一と対面した。彼は、噂に違わず、整った顔立ちをしていた。だが、その瞳には、底知れない冷たさが宿っていた。

「初めまして、舞原葉月さん。柊龍一です。」

彼の声は、想像していたよりも低く、そして冷たかった。まるで、氷のように私の心を凍らせる。

「こちらこそ、初めまして、柊龍一様。舞原葉月と申します。」

私は、精一杯の笑顔で答えた。だが、彼の瞳は、私の笑顔を嘲笑うかのように、冷たく光っていた。

顔合わせの食事会は、形式的に進んでいった。両家の挨拶、今後の予定、そして、結婚式の日取り。まるで、台本を読んでいるかのように、会話は事務的に進んでいく。

食事会の終盤、龍一が突然口を開いた。

「舞原さん。あなたに、一つだけ忠告しておきます。」

彼の声は、さらに低く、そして冷たくなっていた。私は、息を呑んで彼の言葉を待つ。

「私は、あなたを愛することはありません。結婚するのは、ビジネスのためだけ。それ以上でも、それ以下でもない。」

彼の言葉は、私の胸に深く突き刺さった。まるで、鋭利なナイフで切り裂かれたように、私の心はズタズタになった。

「それでも、あなたは私と結婚する覚悟がありますか?」

私は、彼の冷たい瞳を見つめ返した。そして、覚悟を決めて答えた。

「はい。覚悟はできています。」

彼の口元が、わずかに歪んだ。それは、嘲笑とも、悲しみともつかない、複雑な表情だった。

「そうですか。ならば、結構。」

彼は、そう言うと、席を立ち、私に背を向けた。私は、彼の背中を見つめながら、自分の未来に、一抹の不安を覚えた。これは、愛のない結婚。薔薇色の檻の中で、私は一体どうなってしまうのだろうか……

その夜、私は自室で一人、震えていた。突然、部屋のドアがノックされた。

「どうぞ」と答えると、入ってきたのは見知らぬ男だった。黒いスーツに身を包み、無表情な顔をしている。用心棒だろうか?

「お嬢様、柊様からの伝言がございます」

男の声は機械的だった。何を言われるのだろうか、私は息をのんで待った。

「明日の朝、柊家の本宅にお越しください。そして——『覚悟を決めてこい』とのことです」

男はそう言い残し、深々と頭を下げて部屋を出て行った。明日、一体何が起こるのだろうか?私は恐怖に震えながら、眠りについた……。