許されない恋ほど、やめられない
Chapter 1 — 許されない恋ほど、やめられない
「霧島さん、お願いです。もう終わりにしましょう」
雨の音が微かに響く、都心の高級ホテルの一室。私は、震える声でそう告げた。目の前に立つのは、霧島拓海。誰もが羨む大手企業「霧島グループ」の御曹司であり、私の…許されない関係の相手だ。
始まりは半年前。私が霧島グループ傘下のデザイン会社に転職したことがきっかけだった。拓海さんは、グループ全体の戦略を統括する立場。初めて顔を合わせた時から、彼の視線は私を捉えて離さなかった。甘い誘惑、薔薇の花束、そして、秘密の逢瀬。私たちは、互いに深く溺れていった。
しかし、彼の婚約者の存在が、常に私の心を締め付けていた。楠木百花。名門楠木家の令嬢であり、容姿端麗、才色兼備。誰もが認める、拓海さんにふさわしい女性。彼女の笑顔を見るたびに、私は罪悪感に苛まれた。
「雪乃、何を言っているんだ? 私たちは愛し合っているじゃないか」
拓海さんは、苦悶の表情で私の手を握りしめた。その瞳には、激情と、わずかな戸惑いが宿っている。彼の熱い視線に触れるたび、私の理性は崩れそうになる。でも、もう限界だった。このままでは、誰も幸せになれない。
「愛…愛なんて、ただの幻想です。霧島さんには、楠木さんがいる。私は…私は、霧島さんの人生を壊したくない」
涙が頬を伝う。震える声で、私は必死に言葉を紡いだ。拓海さんは、何も言わずに私を見つめている。その沈黙が、私の心をさらに締め付ける。
「雪乃…君は、何もわかっていない」
突然、拓海さんの表情が変わった。冷たい光を宿した瞳が、私を射抜くように見つめている。その声は、まるで別人のように低く、重い。
「楠木百花との婚約は、私が決めたことではない。霧島グループの…いや、霧島家の宿命だ。私には、拒否権などない」
拓海さんの言葉に、私は息を呑んだ。今まで、彼の口から家族の話を聞いたことはなかった。御曹司としての義務や責任から解放されたいと、彼はいつも言っていたけれど…まさか、ここまで縛られているとは。
「では、なぜ…なぜ私を誘ったんですか? なぜ、私をこんなにも苦しめたんですか?」
私の問いに、拓海さんは答えない。ただ、冷たい瞳で私を見つめているだけだ。その視線が、まるで私を値踏みしているように感じられた。
「雪乃。君は…私にとって、唯一の希望だった。束縛された人生から、私を解放してくれる存在だと信じていた」
希望…? 私が?
拓海さんの言葉の意味がわからず、私は混乱する。彼が私に求めていたのは、愛ではなかったのか? ただの…慰めだったのか?
「でも…君も結局は、私を裏切るんだな」
拓海さんの言葉に、胸が締め付けられる。裏切る…? 私が?
「霧島さん…私は…」
言葉を失った私に、拓海さんはゆっくりと近づいてきた。そして、私の耳元で囁いた。
「いいだろう。君がそう望むなら、終わりにしよう。ただし…君には、それ相応の代償を払ってもらう」
その瞬間、部屋のドアがノックされた。そして、甘く優しい声が響いた。
「拓海さん、いらっしゃいますか? お父様がお呼びです」
楠木百花の声だった。
拓海さんは、私の顔を冷たい目で見下ろし、薄く笑った。「さあ、雪乃。どうする? 君の選択で、この後の運命が決まる」
私は、息を呑んだ。霧島拓海の冷酷な微笑みと、ドアの向こうから聞こえる楠木百花の声。この状況から、どう抜け出せばいいのか、私には全くわからなかった。
ホテルの一室に、再び雨音が響き始めた。