演技の恋が、本物になる瞬間

Chapter 1 — 演技の恋が、本物になる瞬間

「お願い、蓮。私の恋人になって」

表参道の喧騒の中、凛とした声が鼓膜を震わせた。見上げると、御影真琴(みかげまこと)が、憂いを帯びた瞳で俺、皇陽翔(すめらぎはると)を見つめていた。

昼下がりの表参道は、ブランドショップの紙袋を提げた人々で溢れかえっている。そんな華やかな場所に、彼女の切実な願いは、まるで場違いな悲鳴のように響いた。

「恋人、って…どういうことだ?」

喉がカラカラに乾いているのを感じた。真琴とは、高校時代からの友人だ。いや、正確には『だった』、と言うべきか。卒業してからは、互いに忙殺され、連絡を取ることも稀になっていた。

「お見合い話が、また来たの。今度は、絶対に断れない相手だって…」

彼女の言葉は震えていた。御影家は、名門の家柄だ。その宿命として、政略結婚は避けられないのかもしれない。しかし、真琴はそれを拒絶していた。

「だから、お願い。しばらくの間だけでいいの。私の恋人のフリをして。そうすれば、お見合いを断る理由になる」

彼女の目は、藁にも縋るようだった。普段は冷静沈着な彼女が、これほどまでに追い詰められているとは想像もしていなかった。

「わかった。引き受けよう」

反射的に、そう答えていた。友人の窮地を見過ごすことなど、俺にはできなかった。

「ありがとう、蓮。本当に、ありがとう」

真琴は、安堵したように微笑んだ。その笑顔は、まるで氷が溶けるように、俺の心を温かくした。

しかし、その時だった。

「あら、蓮くん? こんなところで会うなんて、偶然ね」

背後から、聞き覚えのある声がした。振り返ると、そこには、あの日のままの姿の彼女が立っていた。長い黒髪、赤いルージュ、そして、俺を見透かすような、冷たい眼差し。

「…美咲(みさき)」

十年以上前に、俺の人生から忽然と姿を消した女。彼女が、なぜ今、ここに?

真琴は、俺と美咲を交互に見つめ、困惑した表情を浮かべていた。この偽りの恋は、一体どこへ向かうのだろうか。

美咲はゆっくりと口を開いた。「久しぶりね、蓮くん。元気にしてた? それとも、新しいお相手でも見つけたのかしら?」

彼女の言葉には、棘があった。まるで、俺の過去を暴き立てるかのように。

「この方は…?」真琴が不安そうに尋ねた。美咲は薄く笑い、真琴に視線を移した。「あら、ご挨拶が遅れてごめんなさい。私は、蓮くんの…昔の恋人よ」

その瞬間、表参道の喧騒が遠のき、俺の心臓は、凍り付いたように冷たくなった。