偽カップルなのに、手を繋ぐと心臓がうるさい
Chapter 1 — 偽カップルなのに、手を繋ぐと心臓がうるさい
「お願い、一ヶ月だけ私の恋人のフリをしてくれない?」
春爛漫の表参道、桜並木の下で、まさか高校時代の憧れの人、冴木亮からそんな突拍子もないお願いをされるとは思ってもみなかった。亮は相変わらず完璧なルックスで、道行く人が皆振り返るほど。ただ、その表情はどこか切羽詰まっているように見えた。
「え…と、冴木先輩?」
動揺を隠せない私、藍沢瞳は、小さなデザイン事務所で働く普通のOL。高校時代、亮は雲の上の存在だった。頭脳明晰、スポーツ万能、そして誰もが認めるイケメン。告白する勇気すら持てなかった私にとって、こうして再会できただけでも奇跡なのに。
「ごめん、急に。でも、頼れる人が瞳しかいなくて…」亮はそう言うと、少し俯いた。「実は、今度親戚の集まりがあって。そこで、結婚を前提としたお見合いの話が出てるんだ。でも、僕はまだ誰かとそういう関係になるつもりはなくて…」
名家である冴木家は、跡取りである亮の結婚に躍起になっているらしい。親戚一同が集まる法事の席で、有無を言わさずお見合いをさせられるのは目に見えているという。
「それで、恋人がいるってことにすれば、お見合いを断れると思ったんだ。もちろん、瞳には迷惑がかかることはしない。一ヶ月だけ、僕の恋人のフリをしてくれれば…」
彼の必死な様子に、胸が締め付けられる。高校時代からずっと憧れていた人の頼みだ。断る理由なんて、どこにも見つからない。
「…わかりました。一ヶ月だけ、先輩の恋人のフリ、します」
そう答えた瞬間、亮の表情がパッと明るくなった。「本当に!?ありがとう、瞳!助かるよ!」
でも、この時、私はまだ知らなかった。この嘘から始まる恋が、私達の人生を大きく変えてしまうことを。
数日後、私は亮の実家である、古都・鎌倉にある由緒正しい日本家屋にいた。広大な庭園、格式高い佇まいに圧倒される。そして、ずらりと並んだ親戚一同の視線が、私に突き刺さる。
「こちらが、私の恋人の瞳です」
亮がそう紹介すると、一際厳しい視線を向けてきたのは、亮の祖母だった。「ほほう…瞳さん、とおっしゃるのね」
「瞳さん、亮とはどこで知り合ったのかね?」
畳み掛けるような質問に、私は咄嗟に言葉を詰まらせてしまう。「え…あの…」
その時、亮が私の手を握り、優しく微笑んだ。「瞳とは、表参道で偶然再会したんです。運命的な出会いでした」
その言葉に、祖母はますます疑わしげな目を向けてくる。そして、低い声でこう言った。「…運命、ね。まあ良いでしょう。夕食後、二人だけで少し話をさせてもらうわ」
夕食後、私は亮の祖母に、奥の茶室に連れて行かれた。そこで、彼女は静かに、しかし、鋭い眼光で私を見つめて言った。「瞳さん、あなたは本当に亮のことを愛しているのかしら?」
「…はい、愛しています」震える声でそう答えた瞬間、彼女はニヤリと笑った。「嘘ね」
私は息を呑んだ。全てを見透かされているような気がした。
「亮には、婚約者がいるのよ」
衝撃的な言葉に、私は言葉を失った。婚約者…?そんなこと、亮からは何も聞いていない。一体、どういうことなの…?