ライバルは、甘い毒薬

Chapter 1 — ライバルは、甘い毒薬

「また、あいつか…」

新堂空は、モニターに映し出された設計図を睨みつけた。それは、来月開催される全国建築デザインコンペの応募作品リスト。そこに、見慣れた、そして、心の奥底をざわつかせる名前があった。榊原悠真。

榊原は、空にとって宿敵だった。才能にあふれ、常に一歩先を行く。空が繊細な機能美を追求するのに対し、榊原のデザインは斬新で大胆。まるで、計算された狂気だ。

二人は、学生時代から幾度となく競い合ってきた。コンペのたびに、互いの作品を意識し、時には激しく批判し合った。しかし、その裏には、認め合っているからこその、複雑な感情が渦巻いていた。

空は、マウスを握る手に力を込めた。今回のコンペは、空にとって特別な意味を持つ。独立して初めての大きな仕事であり、自身の建築家としての実力を証明する絶好の機会なのだ。絶対に、負けるわけにはいかない。

オフィスに、夕焼けが差し込む。空は、椅子から立ち上がり、窓の外を眺めた。東京の街並みが、オレンジ色に染まっている。空は、深呼吸をして、気持ちを落ち着かせようとした。

「今度こそ、絶対に…」

その時、スマホが震えた。画面には、見慣れない番号が表示されている。空は、訝しげに思いながら、電話に出た。

「もしもし、新堂です」

電話の向こうから、聞き覚えのある声が聞こえてきた。それは、紛れもなく、榊原悠真の声だった。

「やあ、新堂。久しぶりだね。今回のコンペ、楽しみにしてるよ」

空は、息を呑んだ。なぜ、榊原が自分の電話番号を知っているのか。そして、なぜ、こんなにも友好的な口調で話しかけてくるのか。

「お前…どうして、俺の番号を…」

榊原は、くすくすと笑った。

「それは、秘密だよ。ただ、君に会いたくなっただけさ」

空は、全身に鳥肌が立った。榊原の言葉には、甘い誘惑と、隠された悪意が入り混じっているように感じられた。

「一体、何が目的だ…?」

「目的? そうだな…君と、もっと深く知り合いたい、かな」

榊原は、そう言うと、電話を切った。空は、呆然とスマホを見つめた。榊原の言葉が、頭の中でこだましている。もっと深く知り合いたい…? ありえない。榊原は、空にとって、ただの宿敵であり、競争相手でしかないはずだ。

しかし、空の心は、ざわめきを止めることができなかった。榊原の甘い言葉が、まるで毒薬のように、空の心を蝕んでいく。そして、空は、気づいてしまった。自分は、榊原のことを、ただの宿敵だとは思っていない、ということに。

その夜、空は、眠ることができなかった。榊原のことが、頭から離れない。榊原の笑顔、榊原の声、榊原の才能。すべてが、空を魅了し、そして、苦しめる。

そして、コンペ当日。会場に現れた榊原は、以前にも増して、魅力的なオーラを放っていた。彼は、空を見つけると、にっこりと微笑み、近づいてきた。

「新堂、今日の君は、いつもより綺麗だね」

空は、言葉を失った。榊原の言葉に、心臓が激しく鼓動する。そして、空は、確信した。これは、ただの競争ではない。これは、愛と憎しみが入り混じった、危険なゲームなのだ、と。

「覚悟しておけよ、榊原。絶対に、負けないからな」

空は、そう言い放ち、榊原に背を向けた。しかし、その顔は、赤く染まっていた。そして、榊原は、その様子を見て、満足そうに微笑んだ。

コンペの結果発表まで、あと数時間。空と榊原の、長く、そして、甘い戦いが、今、幕を開ける。

会場のスピーカーからアナウンスが流れる。「ただいまより、最終審査の結果を発表いたします…」