財閥三兄弟の末っ子が私を離さない
Chapter 1 — 財閥三兄弟の末っ子が私を離さない
「お嬢様、どうかお気を確かに。」
執事の囁きが、まるで遠い世界の音のように響く。目の前には、見慣れたはずの豪華なシャンデリアが、歪んで見えた。まさか、私が結婚するなんて。
古賀涼香、二十二歳。古賀グループの令嬢として、何不自由なく育った。しかし、今日、私の人生は大きく変わろうとしている。政略結婚——相手は、水無月グループの御曹司、水無月司。冷酷無比と噂される、氷のような男。
「涼香様、時間です」
母の声が、現実を引き戻す。母の表情は、いつものように冷静で、私への同情の色は微塵も感じられない。古賀家の存続のため、私は駒として、水無月家に嫁ぐのだ。
披露宴会場へと続く長い廊下を、私はゆっくりと歩む。まるで、処刑台へと向かう罪人のようだ。豪華なドレスが、重くのしかかる。胸の奥には、諦めと、ほんの少しの反発が渦巻いていた。
水無月司。彼の写真を見たことがある。整った顔立ちだが、その瞳には、底知れぬ冷たさが宿っていた。彼は、愛など信じない男だろう。私との結婚も、単なるビジネスの一環と考えているに違いない。
会場の扉が開かれる。まばゆい光が、私を包み込んだ。数百人の視線が、一斉に私に注がれる。その中心に、彼はいた。水無月司。
予想以上に、彼は魅力的だった。漆黒のタキシードに身を包み、冷たい微笑みを浮かべている。しかし、その視線が私を捉えた瞬間、私は息をのんだ。彼の瞳には、まるで獲物を狙う獣のような、鋭い光が宿っていた。
結婚の儀式は、淡々と進んでいく。形式的な誓いの言葉を交わし、指輪を交換する。彼の指が、私の指に触れた瞬間、震えが走った。冷たい感触が、私の心を締め付ける。
披露宴は、社交辞令と笑顔の仮面で彩られていた。私は、水無月司の隣で、完璧な花嫁を演じ続けた。しかし、彼の視線は、常に私を観察しているようだった。まるで、私の心の奥底を見透かそうとしているかのように。
夜が更け、披露宴が終わった。私は、水無月家の豪邸の一室に案内された。豪華な寝室だが、そこは、私にとって監獄のような場所だった。
「今夜から、ここが君の部屋だ」
水無月司の声が、背後から聞こえた。私は、ゆっくりと振り返る。彼は、冷たい微笑みを浮かべたまま、私に近づいてきた。
「期待しない方がいい。君との結婚に、愛など存在しない」
彼の言葉が、私の胸に突き刺さる。やはり、彼は冷酷な男だった。しかし、私は、簡単に諦めるつもりはなかった。
「私も、愛など求めていません」
私は、平静を装って答えた。しかし、内心は、激しく波打っていた。彼の瞳が、一瞬、揺れたように見えた。気のせいだろうか。
「そうか。なら、好都合だ」
彼は、そう言うと、私の顎を掴み、強引に唇を奪った。荒々しいキスに、私は息をすることもできなかった。彼の瞳には、狂気にも似た光が宿っていた。
キスが終わると、彼は、私の耳元で囁いた。
「だが、君には、私の妻としての義務を果たしてもらう」
次の瞬間、彼は私を抱き上げ、ベッドへと運んだ。私は、抵抗することもできなかった。彼の瞳に映る、私自身の姿を見て、恐怖を感じた。
「さあ、始めようか。古賀涼香——いや、水無月涼香」
その言葉を最後に、私の意識は、闇に包まれた。しかし、薄れゆく意識の中で、私は見た。水無月司の瞳に、一瞬だけ宿った、深い悲しみの色を。
翌朝、私は見知らぬ部屋で目を覚ました。隣には水無月の姿はない。しかし、ベッドには昨夜の激しさを物語るようにシーツが乱れていた。私は立ち上がり、部屋を出ようとしたとき、ドアの前にある手紙が置いてあることに気がついた。手紙にはただ一言。「逃げろ」と。
一体、誰が?そして、水無月司はどこへ?