お見合い断りたくて、幼馴染に頼んだのに

Chapter 1 — お見合い断りたくて、幼馴染に頼んだのに

「結婚…前提の、お付き合い、ですか?」

カフェの窓から見える表参道のイルミネーションが、まるで嘲笑うかのように煌めいていた。向かいに座る冬木遼は、完璧なまでの笑顔を崩さず、ただ静かに頷いた。彼の言葉が、冬の冷たい風に乗って、私の心を容赦なく凍らせていく。

永瀬美月、28歳。広告代理店で働く、ごく普通のOLだ。平凡な毎日を過ごし、気がつけば、周りの友人たちは結婚や出産で幸せそうにしている。焦りがないと言えば嘘になる。けれど、恋愛経験は決して豊富とは言えない。最後に誰かと真剣に付き合ったのは、もう5年も前のことになる。

それが、なぜ今、目の前にいる冬木遼から、こんな突拍子もない提案を受けているのだろうか。冬木遼は、誰もが認めるエリート御曹司だ。冬木グループという巨大企業の次期社長であり、容姿端麗、頭脳明晰。女性誌を飾ることも珍しくない、雲の上の存在だ。そんな彼が、なぜ私に?

「永瀬さんとは、以前から仕事で何度かご一緒させていただき、その…魅力を感じていました」

彼は流暢な敬語でそう言うが、その言葉はどこか作り物のように聞こえる。私たちは、確かに何度か仕事で顔を合わせたことはある。けれど、それはあくまでビジネス上の関係に過ぎなかったはずだ。個人的な会話を交わした記憶はほとんどない。

「突然のお願いで驚かれたと思いますが、私には、どうしても永瀬さんの力が必要なんです」

遼は、少しだけ表情を曇らせた。その美しい顔に浮かんだ影を見て、私は思わず息を呑んだ。完璧に見える彼にも、何か悩みがあるのだろうか。

「実は、祖父が、私の結婚を強く望んでおりまして…。お見合いの話を次々と持ち込んでくるんです。仕事に集中したい今、結婚は考えられない。そこで、お願いなのですが…期間限定で、私の恋人のフリをしていただけないでしょうか?」

偽装恋人。よくある設定だ。ドラマや小説の中だけの話だと思っていた。それが、まさか自分の身に降りかかるとは。

「メリットは、もちろんご用意します。報酬、と言ってもいいかもしれません。永瀬さんが望む額を、最大限考慮します」

彼の言葉は、私をさらに混乱させた。お金で解決できる問題なのか。そもそも、そんな関係で本当にうまくいくのだろうか。

「デメリットもあります。私の家族や親戚、関係者からの詮索は避けられないでしょう。メディアに嗅ぎつけられる可能性もあります」

遼は、冷静にそう告げた。それは、私が想像する以上に、大変なことなのかもしれない。それでも…彼の必死な様子を見ていると、どうしてか、断ることができなかった。

「…少し、考えさせてください」

私は、そう答えるのが精一杯だった。遼は、穏やかな笑顔で頷いた。

カフェを出て、夜風に吹かれながら、私は深くため息をついた。まさか、こんなことになるなんて。あの時、あの上司に頼まれ、軽い気持ちで冬木グループのイベントに参加したのが、全ての始まりだったのだろうか。それとも、もっと前から、運命は狂い始めていたのだろうか。

数日後。私は会社からの帰り道、見慣れない黒塗りの車に呼び止められた。中から現れたのは、あの冬木遼だった。しかし、その表情は、カフェで見た時とはまるで違っていた。冷たく、鋭く、そして、どこか…絶望を孕んでいる。「永瀬さん、決心はつきましたか?」彼はそう尋ねた後、信じられない言葉を続けた。「…実は、もう時間がないんです。明日、祖父に会って、婚約者を…紹介しなければならない」