鏡の向こうの私は、悪役令嬢でした

Chapter 1 — 鏡の向こうの私は、悪役令嬢でした

「また、この夢……」

目を開けると、そこは見慣れた、豪華絢爛な天蓋付きベッドの中だった。ベルベットのカーテン、アンティークの家具、そして、窓の外に広がる広大な庭園。ここは、私、一条華恋が暮らす、一条家の本邸だ。

しかし、これは現実ではない。正確には、私の現実ではない。なぜなら、私は一条華恋ではないから。

私の名は、真田麗華。ごく普通の女子大生だったはずが、交通事故で命を落とし、気がつけば、乙女ゲーム『ロイヤル・スキャンダル』の悪役令嬢、一条華恋に転生していたのだ。

華恋は、ゲームの中で、主人公である庶民出身の少女、葉山志帆を執拗に虐め、あらゆる手段で陥れようとする、まさに悪役そのもの。その末路は、婚約破棄、国外追放、最悪の場合は……処刑。

「冗談じゃないわ」

ベッドから飛び起き、ドレッサーに駆け寄る。そこに映るのは、見慣れない、しかし、絶世の美貌を持つ少女。ブロンドの髪、青い瞳、そして、完璧なプロポーション。これがあの、一条華恋の姿なのだ。

「こんな美人に転生できたのは嬉しいけど、悪役令嬢なんて、絶対に嫌!」

私は、華恋の破滅エンドを回避するため、必死に行動を開始した。まずは、志帆を虐めるなんて以ての外。むしろ、積極的に友好的な関係を築き、彼女の攻略対象である、3人の魅力的な王子たちとの接触を避ける。それが、私の計画だった。

それから5年。私は、華恋として、社交界デビューを果たし、その美貌と聡明さで、多くの人々を魅了した。志帆とも、親友と呼べるほどに親密な関係を築き、王子たちとも、適度な距離を保つことに成功した。完璧だ、と私は思っていた。

しかし、現実は、ゲームのシナリオ通りには進まない。

ある夜、華やかな舞踏会が開かれた。私は、一条家の令嬢として、招待客をもてなしていた。シャンデリアの光が煌めき、音楽が優雅に流れる。人々は、華やかなドレスを身にまとい、楽しげに談笑している。その中で、私は、一人の男性の姿に釘付けになった。

天城勲。この国の第一王子であり、志帆の最初の攻略対象。原作では冷酷で傲慢な性格だったはずだが、目の前の彼は、優しく微笑み、私に手を差し伸べてきた。

「一条華恋様。私と、踊って頂けますか?」

彼の瞳に、強い光が宿る。それは、原作では志帆にしか向けられることのなかった、特別な光だった。

「……喜んで」

私は、彼の手に自分の手を重ねた。その瞬間、背筋に悪寒が走った。何かが、狂い始めている。そんな予感がした。

踊りながら、勲は優雅に微笑んだ。「華恋様は、本当に美しい。まるで、この舞踏会の薔薇のようだ」

「ありがとうございます、殿下」

形式的な会話を交わしながらも、私は彼の視線から逃れることができなかった。彼の目は、私をただの令嬢として見ているのではない。もっと深く、私自身を見透かそうとしているかのようだった。

音楽が終わり、踊りが終わる。私は、勲からそっと離れようとした。

「少し、休憩を……」

しかし、彼は私の手を掴み、逃がしてはくれなかった。

「華恋様。少し、お話がしたい」

彼は、私を人気のないバルコニーへと連れて行った。夜風が心地よく、薔薇の香りが漂う。月明かりの下、彼の顔が、より一層美しく輝いていた。

「華恋様は、何かを隠している。そうではありませんか?」

彼の言葉に、私は息を呑んだ。なぜ、彼がそんなことを? 私の秘密、つまり、私が転生者であることを、彼は知っているのだろうか?

「……何を、おっしゃっているのか、わかりません」

私は、必死に平静を装った。しかし、彼は、私の目をじっと見つめ、微笑んだ。

「ご心配なく。私は、華恋様の秘密を暴こうとしているのではありません。ただ、知りたいだけなのです。華恋様の、本当の姿を」

彼は、私の頬に手を伸ばし、優しく撫でた。その瞬間、私は、自分の心臓が激しく鼓動するのを感じた。

「華恋様は、誰よりも美しい。しかし、同時に、誰よりも孤独だ。そうではありませんか?」

彼の言葉は、私の心の奥底に突き刺さった。私は、確かに孤独だった。華恋として生きる中で、誰にも打ち明けられない秘密を抱え、常に仮面を被って生きてきた。

「……私は……」

私は、何かを言おうとした。しかし、その時、バルコニーの入り口に、一人の女性が現れた。

葉山志帆。主人公であり、私の親友であるはずの彼女が、信じられないほど冷たい目で、私たちを見つめていた。

「勲様……? 華恋様……? 一体、何を……?」

志帆の声は、震えていた。その瞳には、怒り、悲しみ、そして、憎しみにも似た感情が宿っていた。

その瞬間、私は理解した。私は、完全に、道を間違えてしまったのだと。

原作のシナリオから逃れようとした私の行動が、逆に、私を破滅へと導いているのだと。

そして、それは、まだ始まったばかりなのだと……。