六本木タワーの最上階から落ちた恋
Chapter 1 — 六本木タワーの最上階から落ちた恋
「深雪様、お時間です。」
背後から聞こえる園田静子の冷静な声が、深雪の思考を現実へと引き戻した。六本木ヒルズレジデンスの最上階、息をのむほど美しい東京の夜景が眼下に広がる。しかし、深雪の心は凍てついていた。
「わかってるわ、静子。」
深雪は振り向かずに答えた。今夜は、綾小路家の命運をかけた晩餐会。相手は、政界にも影響力を持つ大企業、園田グループの御曹司、園田陽向。この結婚が成立すれば、綾小路家の経営危機は回避できる。しかし、それは深雪自身の幸せを永遠に手放すことを意味していた。
深雪は、窓ガラスに映る自分の姿を見つめた。高級ブランドのドレスを身にまとい、完璧なメイクを施されている。まるで操り人形だ。かつて愛した男、黒崎颯太の面影が脳裏をよぎる。あの熱いまなざし、優しい笑顔…もう二度と触れることはできない。
「深雪様、お支度が整いました。」
静子が深雪の肩に手を置いた。その冷たい感触が、深雪の覚悟を促す。
「行きましょう。」
深雪は静子の手を振り払い、歩き出した。豪華なシャンデリアが輝く廊下を抜け、晩餐会の会場へと向かう。そこには、未来の夫となる園田陽向が、冷たい笑みを浮かべて待っているだろう。
会場に足を踏み入れた瞬間、深雪は息を呑んだ。豪華絢爛な装飾、高価な美術品、そしてずらりと並んだ財界の大物たち。その中に、見覚えのある顔を見つけた。黒崎颯太だ。彼は、深雪の親友だった結城朱莉と腕を組み、楽しそうに談笑している。
深雪の心臓が、激しく脈打った。なぜ、彼がここに?朱莉は、深雪と颯太の関係を知っていたはず。裏切られたのは、陽向だけではなかったのか。
陽向が深雪に気づき、近づいてきた。その腕には、見慣れない女性が抱きついている。
「深雪さん、ご紹介します。婚約者の結城朱莉さんです。」
深雪の目の前が真っ暗になった。朱莉と陽向が婚約?いったい、何がどうなっているんだ…?
その時、会場の照明が突然消えた。悲鳴と怒号が飛び交う中、深雪は誰かに強く突き飛ばされた。体はバランスを失い、窓際に倒れ込む。そして、背後から冷たい風が吹き込んできた。
窓が開いている…?
深雪は、ゆっくりと顔を上げた。窓の外には、遥か下に見える東京の夜景が広がっていた。そして、深雪の体は、ゆっくりと傾き始めた。落ちていく…まるで、あの日のように。
「颯太…」
深雪の声は、夜空に消えた。