御曹司の秘書は噓をつく
Chapter 1 — 御曹司の秘書は噓をつく
「西園寺さん、おはようございます」
朝の光が眩しい。東京の中心部にそびえ立つ柊グループ本社ビル。その最上階、社長室の前で、私は深呼吸をした。西園寺有紗、25歳。肩書きは社長秘書。そして、もう一つの顔は、柊グループの御曹司、柊郁也の妻。
「おはようございます」と、事務的に微笑み返す。この笑顔は、完璧な秘書としての仮面。心の中は嵐なのに。
郁也との結婚は、愛など存在しない政略結婚だった。父の会社が倒産寸前だった時、柊グループからの救いの手が差し伸べられた。その条件が、私と郁也の結婚。
ドアをノックすると、「どうぞ」と低い声が聞こえた。重厚な扉を開けると、そこには漆黒のデスクに座る郁也の姿があった。朝日に照らされた彼の横顔は、まるで彫刻のように美しい。しかし、その瞳には冷酷な光が宿っている。
「おはようございます、柊社長」
私は頭を下げた。夫婦であるにも関わらず、私たちはいつもビジネスライクな関係を保っている。少なくとも、表面的には。
「今日のスケジュールを確認する」
郁也は冷たい声で言った。私は手帳を開き、スケジュールを読み上げる。午前中は幹部会議、午後は海外からのVIPとの会食。夜は、政財界の重鎮が集まるパーティー。
「夜のパーティーには、君も同伴だ」
郁也の言葉に、私は息を呑んだ。今まで、公の場に夫婦として姿を現したことは一度もなかった。一体、何故?
「かしこまりました」
私は平静を装って答えた。しかし、心臓は激しく鼓動している。何か、良くないことが起こる予感がした。
その夜。豪華絢爛なパーティー会場。私は郁也の腕を取り、笑顔を振りまいていた。まるで、愛し合う夫婦のように。しかし、郁也の瞳は、獲物を狙う獣のように冷たかった。
パーティーが始まってしばらくした頃、郁也は私を連れて、会場の一角にあるバルコニーに出た。夜景が美しい場所だが、今の私には、まるで檻の中に閉じ込められているように感じられた。
「有紗」
郁也が初めて、私の名前を呼んだ。その声は、いつもの冷たい声とは違っていた。低く、甘く、そして、危険な響き。
「君に、一つ頼みがある」
私は身構えた。一体、何を言われるのだろうか。
「明日、君の父親に、会社を完全に手放すように伝えてくれ」
郁也の言葉に、私は愕然とした。それは、父の会社を完全に奪い取るという意味だった。つまり、私との結婚は、最初から仕組まれた罠だったのだ。
「…どういうことですか?」
私の声は震えていた。郁也は冷たい笑みを浮かべた。
「その顔が見たかったんだ」
次の瞬間、郁也は私の腕を掴み、強く引き寄せた。そして、耳元で囁いた。
「君は、僕の嘘に気が付きすぎた」
背筋が凍り付く。私は、とんでもない男と結婚してしまったのかもしれない。そして、その事実に気が付いた時、もう、逃げられない場所にいることに…