政略結婚の夜、夫は涙を隠した

Chapter 1 — 政略結婚の夜、夫は涙を隠した

「蒼井さん、今回の相手は…瀬名グループの瀬名滉さんです」

上司の言葉が、表参道の喧騒を忘れさせるほど、明日香の耳に響いた。瀬名滉。大学時代、あんなにも愛し合った彼の名前が、まさか政略結婚の相手として再び現れるなんて。

大手広告代理店で働く明日香にとって、政略結婚は他人事だと思っていた。しかし、会社の命とあれば、逆らうことはできない。相手が誰であろうと、受け入れるしかないのだ。

「瀬名グループの御曹司…」

明日香は呟いた。瀬名グループは、日本を代表する大企業の一つ。その御曹司である瀬名滉は、若くして経営手腕を発揮し、次期社長候補として注目されている。

大学時代、明日香と滉はキャンパスの隅で、未来を語り合った。お互いの夢を語り、将来は必ず結ばれると信じていた。しかし、卒業を前に、滉は突然、明日香の前から姿を消した。理由は何も告げられず、明日香はただ、悲しみに暮れるしかなかった。

あれから5年。明日香は仕事に打ち込み、過去の傷を癒してきたつもりだった。しかし、滉の名前を聞いた瞬間、心の奥底にしまっていた感情が、一気に溢れ出した。

「明日香さん、大丈夫ですか?」

上司が心配そうな顔で明日香を見つめる。明日香は平静を装い、笑顔で答えた。

「大丈夫です。会社のためなら、喜んでお受けいたします」

しかし、心の中は嵐だった。なぜ、今になって滉が? なぜ、政略結婚の相手として? 様々な疑問が頭の中を駆け巡る。

数日後、明日香は瀬名グループ本社へと向かった。そこで待っていたのは、5年前と変わらない、いや、それ以上に魅力的な男性へと成長した瀬名滉だった。

「久しぶりだな、明日香」

滉は優雅な笑みを浮かべ、明日香に手を差し伸べた。明日香は戸惑いながらも、その手を取った。その瞬間、二人の間に、過去の記憶が鮮やかに蘇る。

「まさか、こんな形で再会するとはな」

滉は寂しそうな瞳で、明日香を見つめた。明日香は何も言えなかった。ただ、滉の瞳の奥に、隠された悲しみを感じた。

政略結婚の条件は、お互いの会社の利益のため。愛など必要ない。そう思っていた明日香だったが、滉の瞳を見た瞬間、心が揺らいだ。

「結婚式の準備は、すべてこちらで進めさせてもらう。君はただ、それに従えばいい」

滉は淡々と告げた。その言葉に、明日香は言いようのない孤独を感じた。まるで、愛のない人形のように扱われている気がした。

結婚式の当日。明日香は純白のウェディングドレスに身を包み、祭壇へと向かった。そこで待っていたのは、やはりどこか悲しげな表情を浮かべた滉だった。

誓いの言葉を交わし、指輪を交換する。その間、二人の視線が交わることはなかった。まるで、他人同士の儀式を見ているかのようだった。

披露宴が始まり、多くの人々が二人を祝福した。しかし、明日香の心は晴れなかった。まるで、何かが足りない。何かが間違っている。そんな気がしてならなかった。

披露宴の終盤、滉が突然、明日香の手を取り、会場を後にした。そして、二人は誰もいないチャペルへと向かった。

「明日香、少し話がある」

滉は真剣な表情で、明日香を見つめた。明日香は緊張しながら、滉の言葉を待った。その時、滉の目から一筋の涙が零れ落ちた。

「すまない…」

滉は絞り出すように呟いた。明日香は驚き、言葉を失った。なぜ、滉が涙を流しているのか? 一体、何が起こっているのか?

「明日香、お前には…」

滉は何かを言いかけたが、言葉を飲み込んだ。そして、深呼吸をし、決意を込めて言った。

「明日香、お前には、この結婚の本当の理由を話さなければならない」

その瞬間、チャペルの扉が開き、一人の女性が現れた。「お兄様!」