復讐のつもりが、キスで終わった

Chapter 1 — 復讐のつもりが、キスで終わった

降り出した雨に、柊也は舌打ちをした。よりによって、こんな日に限って傘を忘れるなんて。

「最悪だ…」

溜息をつきながら、柊也は最寄りのバス停へと駆け込んだ。濡れた髪が額に張り付き、制服のシャツもじんわりと湿っている。バス停のベンチには、すでに数人の学生が雨宿りをしていた。

その中に、見慣れた顔を見つけた。

「…一花?」

仙道一花。柊也の高校のクラスメイトであり、常に学年トップの成績を誇る才女。そして、柊也が最も苦手とする人物だ。完璧主義者で、常に冷静沈着。隙がなく、まるで作り物のような美しさを持つ一花は、柊也にとって目の上のたんこぶだった。

一花は柊也に気づくと、わずかに目を細めた。「あら、白鳥君。珍しいわね、あなたがバス停にいるなんて」

「…傘を忘れたんだよ」柊也はぶっきらぼうに答えた。

「ふうん。それは災難ね」一花は相変わらず表情を変えずに言った。その声音はどこか他人事で、柊也を苛立たせた。

二人の間には、気まずい沈黙が流れた。柊也は視線を逸らし、雨脚が強まる空を見上げた。一花とは、事あるごとに衝突してきた。お互いの価値観が全く異なり、少しでも言葉を交わせば、必ずと言っていいほど言い争いになっていた。

「…あのさ」柊也は意を決して口を開いた。「もしよかったら、傘に入れてくれないか?」

一花は一瞬、目を丸くした。しかし、すぐにいつもの冷静な表情に戻り、小さく首を横に振った。「ごめんなさい。今日はこれから用事があるの。急いで帰らないと」

柊也は予想通りの返答に、内心で舌打ちをした。やはり、一花は冷たい女だ。助けを求めても、決して手を差し伸べてはくれない。

「そうかよ。別にいいけど」柊也は強がって言った。しかし、内心ではひどく落胆していた。雨はますます激しくなり、バス停に吹き込んでくる風が、柊也の体を冷やしていく。

その時、一花が突然、立ち上がった。「…仕方ないわね。少しだけなら、一緒に帰りましょうか」

柊也は驚いて一花を見つめた。一花の言葉には、明らかに嫌々ながらというニュアンスが含まれていた。しかし、その申し出は、柊也にとって予想外のものだった。

「え…、本当に?」柊也は思わず聞き返した。

一花はため息をつき、「ただし、条件があるわ」と言った。その言葉に、柊也は警戒心を抱いた。一花がただで自分を助けるはずがない。何か裏があるに違いない。

「条件って…?」

一花は柊也に近づき、耳元で囁いた。「明日、私の家に来て。そして、私の弟の家庭教師になってちょうだい」

柊也は愕然とした。家庭教師…? なぜ一花が、自分にそんなことを頼むのか。理解できなかった。しかし、雨に濡れるよりはマシだと思い、柊也は渋々承諾した。

「…わかったよ」

一花は満足そうに微笑んだ。「それじゃ、行きましょうか」

二人は傘をさし、バス停を後にした。しかし、柊也の心には、拭い去れない疑問が残っていた。一花はなぜ、自分に家庭教師を頼んだのか? そして、一花の弟とは、一体どんな人物なのだろうか。

翌日、柊也は緊張しながら仙道家の門をくぐった。一花の家は、想像以上に立派な邸宅だった。庭には手入れの行き届いた美しい花々が咲き誇り、まるで絵画のような風景が広がっている。

一花に案内され、広いリビングへと通された。豪華な家具が並び、まるでホテルのロビーのような雰囲気だ。そこに、一人の少年が座っていた。

「初めまして、白鳥柊也さん。私が、仙道奏多です」

少年は、礼儀正しく頭を下げた。しかし、その顔を見た瞬間、柊也は息を呑んだ。少年は、一花とは似ても似つかない、悪魔のような笑みを浮かべていたのだ。

「…よろしく、先生」

その瞬間、柊也は自分がとんでもない場所に足を踏み入れてしまったことに気づいた。そして、一花の本当の目的が、家庭教師などではないことを悟ったのだ。

「さて、柊也さん。これから、楽しいレッスンを始めましょうか?」奏多はそう言うと、手に持っていたナイフを光らせた。その刃は、柊也の心臓を狙っているように見えた。