彼の弱点は私だけが知っている

Chapter 1 — 彼の弱点は私だけが知っている

シャンデリアの光が、グラスの中の赤ワインを妖しく輝かせた。向かいに座る古賀時也は、完璧なまでに整った顔を無表情に保ったまま、ナイフとフォークを操っている。結婚して三年、私たちは仮面夫婦だ。

「今夜のワインはシャトー・マルゴー、お気に召しましたか、桐乃さん」

時也の声は低く、冷たい。まるで氷の彫刻のようだ。私は微笑みで応えた。「ええ、とても美味しいわ。時也さんのお眼鏡にかなうワインは、やはり格別ね」

私たちの会話はいつもそうだ。形式的で、感情を欠いている。社交辞令の応酬。まるで舞台の台詞を読んでいるかのようだ。

古賀グループの御曹司である時也と、名家である鳴海家の長女である私。政略結婚だった。愛なんてものは最初から存在しなかった。お互いの家のため、ビジネスのために結ばれただけの関係。

夕食が終わると、時也は書斎へ、私は自室へと別れるのが常だ。しかし、今日は違った。

「少し、話がある」

時也の声が、いつもより低い。私は警戒心を抱きながら、彼の顔を見つめた。何か、尋常ではない雰囲気が漂っている。

「実は、父から話があったんだ。そろそろ、跡取りを考えろと」

時也の言葉に、息をのんだ。跡取り……つまり、子供を作るということだ。私たちは一度も、そんな話をしたことがなかった。

「もちろん、桐乃さんが嫌なら無理強いはしない。離婚という選択肢もある」

離婚……その言葉が、私の心をざわつかせた。ずっと望んでいたはずなのに、なぜか胸が締め付けられるような痛みが走る。私は時也の瞳を見つめ返した。彼の瞳には、何も映っていない。ただ、冷たい光だけが宿っていた。

「離婚……ですか」

私の声は震えていた。平静を装っているつもりだったが、隠しきれない動揺が滲み出てしまった。

「ああ。もし、子供を作ることを拒むなら、それがお互いにとって最良の選択だろう」

時也は淡々と告げた。まるで他人事のように。私は唇を噛み締めた。離婚すれば、鳴海家も古賀グループも、大きな打撃を受けるだろう。しかし、この仮面夫婦の生活を続けることも、私には耐えられない。

「少し、考えさせてください」

私はそう言って、自室へと逃げ帰った。ドアを閉めると、安堵感とともに、言いようのない不安が押し寄せてきた。ベッドに倒れ込み、天井を見上げる。これから、私はどうすればいいのだろうか。離婚を選ぶのか、それとも……。

その時、スマホが鳴った。画面には『黒崎』の文字が表示されている。黒崎颯太……私の大学時代の恋人であり、時也の最大のライバル。なぜ、彼から電話が? おそるおそる電話に出ると、黒崎の声が耳に飛び込んできた。

「久しぶり、桐乃。君に、どうしても伝えたいことがあるんだ」

黒崎の声は、どこか切羽詰まっているようだった。「今夜、会えないか? 君の人生を大きく変えることになるかもしれない話だ」