出張先のホテル、部屋を間違えたのは運命ですか
Chapter 1 — 出張先のホテル、部屋を間違えたのは運命ですか
降りしきる雨の中、私は見た——婚約者の裏切りを。
東京駅の喧騒を掻き消すほどの雨音。待ち合わせ場所のカフェ「プロント」の窓から見える光景は、まるでモノクロ映画のワンシーンのようだった。傘も差さずにずぶ濡れの時雨雅人が、見知らぬ女性と抱き合っている。その女性の顔はよく見えないが、雅人の表情は、私がこれまで見たことのないほど甘く、そして熱を帯びていた。
「嘘でしょ…」
小さく呟いた言葉は、雨音に掻き消された。信じたくなかった。だって、私たちは来月結婚式を挙げる予定だったのだから。彼は、誰もが羨む大手IT企業「サイバーリンクス」の御曹司。私は、そのサイバーリンクスで働く、ただの派遣社員——水無月恵麻。
私と雅人の出会いは、3年前の社内イベントだった。雅人は一目で私に惹かれたと言った。最初は戸惑った。身分違いだと。でも、雅人の熱心なアプローチに、いつしか私も心を許し、愛し合うようになった。プロポーズされた時は、まるで夢を見ているようだった。シンデレラになれた、と。
しかし、現実は残酷だった。夢は、儚くも崩れ去った。
私は震える手でスマホを取り出し、雅人に電話をかけた。数回のコール後、雅人は電話に出た。「もしもし、恵麻?どうしたの?」優しい声が、私の胸を締め付ける。「今、どこにいるの?」私は必死に冷静さを装った。「え?会社だけど…」雅人の声は少し戸惑っているように聞こえた。「そう…。わかった」
電話を切った後、私はカフェを飛び出した。雨の中、ただひたすら走った。どこへ向かっているのかもわからずに。涙が雨と混ざり、視界を歪ませる。信じていたものが、全て崩れ去ってしまった喪失感。心の奥底から湧き上がる怒りと悲しみ。私は一体、これからどうすればいいのだろうか。
翌日、私は会社を休んだ。一日中、部屋に閉じこもり、ただひたすら泣いた。雅人からの電話やメールは無視した。もう、彼の顔を見ることも、声を聞くこともできなかった。翌々日、意を決して出社すると、部署の雰囲気がいつもと違うことに気づいた。ざわついているような、探るような視線が私に突き刺さる。
自分の席に着くと、隣の席の同僚、二階堂冬華が心配そうな顔で話しかけてきた。「水無月さん、大丈夫?何かあったの?」私は曖昧に微笑んで誤魔化した。「ちょっと風邪気味で…」冬華は納得していない様子だったが、それ以上は何も聞いてこなかった。
その日の午後、私は人事部長室に呼ばれた。重い足取りで人事部長室に入ると、そこには意外な人物が待っていた——時雨雅人だった。彼は、深刻そうな顔で私を見つめていた。「恵麻…」雅人が何かを言おうとした瞬間、人事部長が口を開いた。「水無月さん、君に伝えなければならないことがある」
人事部長は、一枚の書類を私に差し出した。それは——解雇通知だった。「理由は…社内規定違反です」人事部長は淡々と告げた。私は理解できなかった。社内規定違反?一体、何をしたというのだろうか。雅人は、苦悶の表情で私を見つめている。そして、人事部長は、さらに衝撃的な言葉を口にした。「今回の件は、時雨専務からの指示です」
私は、全身の血の気が引いていくのを感じた。雅人が、私を解雇させた?一体、なぜ?何が起こっているのか、全く理解できなかった。雅人は、必死に何かを言おうとしているが、言葉が出てこないようだった。私は、震える声で雅人に問いかけた。「雅人…どうして…?」
その時、人事部長のスマホが鳴った。彼は、電話に出ると、表情を硬くしてこう言った。「わかりました。すぐに」電話を切った後、人事部長は私と雅人に向かって言った。「時雨専務、奥様がいらっしゃいました」部屋のドアが開き、そこに立っていたのは——昨日、雅人が抱き合っていたあの女性だった。