冷徹CEOの唯一の弱点
Chapter 1 — 冷徹CEOの唯一の弱点
「深津、君を娶りたい。」
冷たい雨が窓を叩きつける夜だった。霧島壮真の声は、その雨音よりも冷たく、友梨の心臓を凍りつかせた。
深津友梨は、霧島グループのCEO、霧島壮真の秘書として三年、彼の傍に仕えてきた。完璧な容姿、明晰な頭脳、そして、人を寄せ付けない冷徹さ。それが、世間が知る霧島壮真だった。
しかし、友梨だけは知っていた。彼の孤独を。時折見せる、氷のような瞳の奥に潜む、深い悲しみを。
秘書として、彼女は常に冷静沈着を心がけてきた。だが、その冷徹な瞳に見つめられ、突然の求婚を受けた今、友梨の心は激しく揺さぶられていた。
「…霧島様、何を仰っているのですか?」
平静を装おうとした声は、震えを隠せない。
壮真は、友梨の動揺など気にも留めず、事務的な口調で続けた。「深津家の協力は、霧島グループにとって不可欠だ。君との婚姻は、両家の関係をより強固なものにするだろう。」
政略結婚。
その言葉が、友梨の胸に突き刺さった。彼女が秘かに抱き続けてきた、壮真への恋心を踏みにじるように。
「…私は、あなたの秘書です。そのような…」
「承知している。だが、それ以上の関係になることも不可能ではないだろう?」
壮真は、友梨の言葉を遮り、冷たい笑みを浮かべた。その笑顔は、友梨を誘惑するようで、同時に、拒絶しているようでもあった。
友梨は、息を呑んだ。彼女にとって、壮真は憧れの存在だった。彼の才能、努力、そして、時折見せる優しさに、心を奪われていた。
だが、それはあくまで、秘書として、傍から見ているだけの感情。彼にとって、自分は単なる政略結婚の道具に過ぎないのだと、突きつけられた。
「…お断りします。」
絞り出すような声で、友梨は答えた。拒絶の言葉を口にした瞬間、彼女の心臓は、張り裂けそうに痛んだ。
壮真の表情は、一瞬たりとも変わらなかった。まるで、予想していたかのように。
「そうか。残念だ。」
彼は、短くそう言うと、立ち上がり、窓の外を見つめた。雨は、ますます激しく降り続いていた。
「…だが、深津。君には、拒否権はない。」
壮真は、背を向けたまま、冷酷な宣告をした。その声は、絶対的な権力者のそれだった。
友梨は、全身から血の気が引いていくのを感じた。霧島グループの力は、日本の政界、財界に深く根を張っている。深津家も、その恩恵を受けてきた。逆らうことなど、許されない。
絶望が、友梨の心を覆い尽くした。彼女の愛は、儚くも散り、政略結婚という名の鎖に繋がれる運命なのか。
その時、壮真がゆっくりと振り返り、友梨を見つめた。彼の瞳には、先程までの冷酷さはなく、代わりに、深い闇が宿っていた。
「…深津。君は知らないだろう。私が、君をどれほど前から求めていたのかを。」
壮真の言葉は、友梨の予想を遥かに超えていた。彼の瞳の奥に隠された真実とは一体何なのか。そして、なぜ彼女は拒否権がないのか。友梨の心は、新たな疑念と混乱に包まれた。
翌日、深津家に、霧島グループからの正式な婚約通知が届いた。それは、友梨の運命を決定づける、絶対的な命令だった。
しかし、その通知には、もう一つ、友梨を戦慄させる事実が記されていた。
「…婚約期間は一年。その後、霧島壮真の『選択』によって、正式な結婚か、契約破棄かが決定される…?」
まるで、品定めをするかのような条件。友梨は、自分が一体何に巻き込まれてしまったのか、理解できずにいた。壮真の真意はどこにあるのか。そして、一年後、彼女は一体どうなってしまうのか。深い闇が、友梨の未来を覆い隠そうとしていた。