エレベーターで二人きり、五秒間の沈黙

Chapter 1 — エレベーターで二人きり、五秒間の沈黙

「高宮さん、大変申し訳ございません! 至急、この契約書の修正をお願いできますでしょうか?」

朝のオフィスに響き渡る、鬼のような課長の怒号。風間英里は、心臓が跳ね上がるのを感じながら、深々と頭を下げた。昨夜、徹夜で仕上げたはずの契約書に、信じられないようなミスが見つかったのだ。しかも、相手は大口取引先の御曹司、有馬怜。

「申し訳ございません、課長。すぐに修正いたします」

英里は、震える手で契約書を受け取り、自分のデスクへと戻った。大手IT企業「望月システムズ」に入社して三年。地道に努力を重ねてきたつもりだったが、こんな初歩的なミスをするなんて、自分が情けなくて涙が出そうになる。

有馬怜——グループ会社の跡取り息子であり、誰もが認めるエリート。その完璧主義な姿勢は社内でも有名で、一度でもミスをすれば容赦なく切り捨てられると恐れられていた。そんな彼との契約でミスを犯したとなれば、英里のキャリアは終わりかもしれない。

「どうしよう……」

必死で修正作業に取り掛かる英里。しかし、焦れば焦るほど、ミスは連鎖していく。時刻は午前11時。怜との打ち合わせまで、あと一時間しかない。

「風間さん、少し、いいかな?」

英里の肩を叩いたのは、入社同期で親友の篠原知世だった。知世は、心配そうな顔で英里を見つめている。

「大丈夫? 顔色が真っ青よ。何かあったの?」

英里は、事の顛末を知世に話した。知世は、真剣な表情で頷きながら、英里の背中をさすってくれた。

「高宮さんの件ね……。確かに、あれは厳しいわね。でも、まだ時間はある。落ち着いて、一つずつ確認していけば、きっと間に合うわ」

知世の言葉に励まされ、英里はもう一度、深呼吸をした。そして、冷静に契約書を見直していく。すると、信じられないことに気が付いた。

「これ……私のミスじゃない」

契約書の日付が、修正液で塗りつぶされ、別の数字が書き込まれている。しかも、その筆跡は、明らかに英里のものではない。誰かが、英里の知らない間に、契約書を改ざんしたのだ。

一体、誰が、何のために?

その時、英里の携帯電話が鳴った。画面に表示されたのは、「有馬怜」の名前。

「風間さん、すぐに役員会議室に来ていただけますか? 契約について、少しお話したいことがあります」

怜の冷たい声が、英里の耳に突き刺さった。一体、何が起こるのだろうか。英里は、恐怖に震えながら、電話を切った。