軽井沢、氷のキス
Chapter 1 — 軽井沢、氷のキス
シャンデリアの光が反射し、氷細工のように輝くグラスの中で、シャンパンが微かに泡立っている。そのグラスを握る私の指先は、信じられないほど冷たかった。向かいに座る花宮大和の視線が、まるで獲物を定める猛禽のように、私を射抜いている。
「城ヶ崎さん、君のような優秀な女性が、どうしてこんな小さなリゾートホテルにいるのか、不思議でならない」
大和の声は、甘美なメロディのようでありながら、同時に鋭利なナイフのようだった。彼の言葉は常にそうだ。表向きは褒め言葉のようで、その実、私の存在を否定する棘が隠されている。
「花宮様こそ、お忙しい身で、軽井沢まで足を運ばれるとは。意外です」
私は平静を装い、微笑みを返す。しかし、内心では激しい怒りが渦巻いていた。花宮大和——東都グループの御曹司であり、私の最大の宿敵。彼との出会いは、最悪だった。
遡ること半年前。私は、父が経営する城ヶ崎リゾートを立て直すために、東京から軽井沢に戻ってきた。城ヶ崎リゾートは、かつては軽井沢を代表する名門ホテルだったが、経営難に陥り、倒産寸前だった。私は、その再建を託された。
東京の一流ホテルで培った経験を活かし、城ヶ崎リゾートの改革に乗り出した。しかし、その矢先に、花宮グループが城ヶ崎リゾートを買収しようとしていることを知った。花宮グループは、国内外に多数のホテルやリゾートを展開する巨大企業。もし買収されれば、城ヶ崎リゾートは花宮グループの一つの駒として扱われ、私の父の代から受け継がれてきた歴史と伝統は失われてしまう。
私は、城ヶ崎リゾートを守るために、花宮グループに抵抗することを決意した。しかし、花宮大和は、私にとってあまりにも手強い相手だった。彼は、頭脳明晰で冷酷非情。常に冷静沈着で、相手の弱点を見抜くことに長けている。そして、何よりも、彼は圧倒的な財力と権力を持っている。
買収を阻止するために、私はあらゆる手段を講じた。新たな顧客を開拓し、サービスの質を向上させ、従業員の意識改革を行った。しかし、大和は常に私の先を行き、あらゆる手を封じてくる。まるで、私を嘲笑うかのように。
「城ヶ崎さんの努力は認めますよ。しかし、小さなリゾートホテルが、大手のグループに太刀打ちできるはずがない」
大和は、薄く笑みを浮かべながら、そう言った。彼の言葉は、私の心に深く突き刺さった。私は、自分の無力さを痛感した。
今夜、私たちは、花宮グループが主催するリゾート開発に関するパーティーに出席していた。会場には、政財界の有力者たちが集まり、華やかな雰囲気に包まれていた。私は、城ヶ崎リゾートの再建を支援してくれる投資家を探すために、このパーティーに参加した。
しかし、大和は、私の行く先々で現れ、邪魔をしてくる。彼は、私に近づく投資家たちに、さりげなく圧力をかけ、私から遠ざける。まるで、私を孤立させようとしているかのようだ。
「諦めなさい、城ヶ崎さん。君の努力は無駄だ」
大和は、私の耳元で囁いた。彼の吐息が、私の首筋をくすぐる。私は、身震いした。彼の視線は、まるで氷のように冷たく、私の心を凍らせる。
「絶対に諦めません」
私は、大和の目を睨みつけながら、そう言い放った。私の声は、わずかに震えていた。私は、自分のプライドを守るために、必死だった。
その時、会場の照明が突然消えた。そして、スポットライトが一点に集中し、ステージの上に一人の女性が現れた。その女性は、美しいドレスを身にまとい、優雅な微笑みを浮かべていた。彼女は、花宮大和の婚約者、綾小路環奈だった。
環奈は、マイクを手に取り、静かに語り始めた。
「皆様、今夜は、お忙しい中、お集まりいただき、誠にありがとうございます。本日は、皆様に、私から重大な発表がございます」
会場全体が、静まり返った。誰もが、環奈の言葉に耳を傾けていた。私も、固唾を飲んで、彼女の言葉を待った。
「私、綾小路環奈は、花宮大和様との婚約を、解消させていただきます」
環奈の言葉は、会場に衝撃を与えた。誰もが、信じられないといった表情で、彼女を見つめていた。大和は、驚いたように目を見開き、環奈の方を見た。彼の顔には、今まで見たことのない、困惑の色が浮かんでいた。
一体、何が起こっているのだろうか? 私は、混乱していた。しかし、その時、環奈の視線が、私に向けられた。そして、彼女は、微笑みを浮かべながら、こう言った。
「そして、私が愛する人は、城ヶ崎泉美さん、あなたです」