元カレが隣の席に異動してきた件

Chapter 1 — 元カレが隣の席に異動してきた件

「え…?」

朝比奈萌は、自分の耳を疑った。人事部長の言葉が、まるでスローモーションのように頭の中で反響する。「結城君には、朝比奈さんの隣の席で、しばらく業務に慣れてもらうことになったから」

結城…ユウキ…まさか。

顔を上げると、そこに立っていたのは、紛れもなく高校時代の初恋の人、結城旭だった。東京大学卒業後、大手企業に勤めていると風の噂で聞いていた彼が、なぜ今、私の目の前に?しかも、隣の席に?

「朝比奈さん、久しぶり」

旭は、爽やかな笑顔でそう言った。あの頃と変わらない、少し照れたような笑顔。萌の心臓は、まるで高校時代に戻ったかのように、激しく鼓動を打ち始めた。

表参道にあるオフィス街の一角。萌は、小さな広告代理店で企画の仕事をしている。華やかで洗練された街並みとは裏腹に、会社の雰囲気はどこか泥臭く、毎日終電ギリギリまで働くのが日常だった。

高校時代、萌は地味で目立たない存在だった。旭は、成績優秀でスポーツ万能、誰からも好かれる人気者。そんな彼に、萌は一方的に恋をしていた。卒業式の日に勇気を出して告白したが、「ごめん」と一言だけ返された。

その失恋から立ち直るのに、ずいぶんと時間がかかった。大学に進学し、社会人になり、新しい出会いもあったけれど、旭の面影はいつも心のどこかに残っていた。

数年前、高校の同窓会で偶然再会した。彼は大手企業の社長令嬢と結婚したと聞き、萌は完全に諦めたはずだった。幸せな家庭を築いているのだろうと、遠くから彼の幸せを願っていた。

それなのに、なぜ今、彼がここに?しかも、私の隣の席に?

「結城君、こちらこそ、久しぶり。…どうして、ここに?」

萌は、平静を装ってそう尋ねた。しかし、声は少し震えていた。

「色々とあってね。会社を辞めて、こちらにお世話になることになったんだ」

旭は、少し困ったような表情で答えた。「また、ゆっくり話すよ」

その日の午後、萌は仕事が全く手につかなかった。旭の存在が、あまりにも衝撃的すぎた。彼は、一体どんな事情で会社を辞めたのだろうか?結婚生活は、うまくいっていないのだろうか?

夕方、萌が残業をしていると、旭がそっと近づいてきた。

「朝比奈さん、少し時間ある?近くのカフェで、話でもしない?」

萌は、迷った。過去の恋に囚われるべきではない。彼はもう、他人の夫なのだから。しかし、どうしても彼のことが知りたかった。

「…わかりました」

萌は、小さく頷いた。カフェに向かう途中、旭がふと足を止めた。

「あの…実は、彩乃と離婚したんだ」

萌は、息を呑んだ。まさかの告白に、言葉を失った。彼の瞳は、深く、悲しげだった。

「それで…君に、どうしても話しておきたいことがあって…」

旭は、真剣な眼差しで萌を見つめた。「高校の卒業式の日のこと、覚えてる?」

萌は、胸が締め付けられるような思いだった。あの日の苦い記憶が、鮮やかに蘇る。

「覚えてる…」

「あの時…」

旭は、何かを言いかけた。

その時、萌のスマホが鳴った。画面には、「神崎彩乃」という名前が表示されていた。