二人だけの秘密を、月だけが知っている

Chapter 1 — 二人だけの秘密を、月だけが知っている

「また、明日ね。」

藍沢佑の声が、夕暮れの静けさの中に溶けていく。弥生真白は、小さく頷き返した。佑の車が見えなくなるまで、その場から動けなかった。

佑は、兄の親友。そして、私の…初恋の人。再会してしまった。

高校生の時、密かに抱いていた淡い恋心は、社会人になった今、再燃していた。まるで、消えかけた蝋燭に再び火が灯されたように。

「まさか、こんな形で再会するなんて…」

小さく呟いた言葉は、誰にも届かない。弥生家は小さな鉄工所を営んでおり、父が社長を務めている。最近、藍沢グループとの取引が始まり、その窓口として佑が頻繁に弥生家を訪れるようになったのだ。兄と親友である佑が、まさか仕事で私の日常に入り込んでくるなんて、想像もしていなかった。

佑と目が合うたび、胸が締め付けられる。あの頃と変わらない、優しい笑顔。でも、彼は兄の親友。私が想いを寄せてはいけない人。

「ただいまー」

玄関を開けると、夕食のいい匂いが鼻をくすぐる。台所からは、母の明るい声が聞こえてきた。

「真白、おかえり。佑さんが来てたわよ。お兄ちゃんと話してたけど、少しだけあなたとも話してたみたいね」

母の言葉に、心臓が跳ね上がる。少しだけ? あの短い時間で、彼は私の何を見たのだろうか。

食卓には、兄と父の姿もあった。佑の話をしているのだろうか、二人の顔は明るい。

「ああ、真白、おかえり。佑が新しい取引の話を持ってきてくれたんだ。おかげで、うちの会社も安泰だな」

兄の言葉に、胸が痛む。佑と弥生家の繋がりは、私の恋心をさらに苦しめる。

夕食後、自室に戻り、ベッドに倒れ込む。スマホを開くと、佑からメッセージが届いていた。

『明日、いつもの場所で待ってる。少し、話したいことがある。』

いつもの場所。それは、高校時代、二人だけの秘密の場所だった。あの頃の思い出が、鮮やかに蘇る。でも、今は違う。私たちは、もうあの頃の無邪気な高校生ではない。

禁断の恋。その甘い香りに誘われながらも、一線を越えてはいけないと理性は訴える。

明日、私はどうすればいいのだろうか。

佑は一体、私に何を話そうとしているのだろうか。

月明かりだけが、私の不安な心をそっと照らしていた。