飲み会の帰り、課長の手が離れなかった

Chapter 1 — 飲み会の帰り、課長の手が離れなかった

「高宮さん、今夜、空いてる?」

耳元で囁かれた甘い声に、晴香はペンを握る手を止めた。振り返ると、そこに立っていたのは、会社の御曹司、八神潤だった。完璧な容姿、頭脳明晰、誰もが憧れる存在。でも、晴香にとっては、ただの「利用する相手」でしかなかった。

「申し訳ありません、八神専務。今日は予定が…」

事務的な口調で断ると、潤は少し残念そうな顔をした。「そうか。また今度、誘うよ」

晴香は心の中で舌打ちをした。面倒なことになった、と。大手製薬会社、楠木製薬。晴香はそこで働く、ただの総合職OL。しかし、彼女には誰にも言えない秘密があった。それは、楠木製薬を陥れようとしている、裏切り者だということ。

父の会社が楠木製薬のせいで倒産した。その復讐のために、晴香は身を隠し、楠木製薬に入社したのだ。潤に近づいたのも、情報を得るためだった。しかし、潤は晴香が思っていた以上に手強かった。

「楠木さん、資料の準備はできたか?」

課長の厳しい声が響く。晴香は慌ててパソコンに向き直った。潤のことばかり考えていたせいで、仕事が疎かになっていた。

残業を終え、会社を出ると、雨上がりの夜空には、満月が輝いていた。晴香はため息をつき、携帯を取り出した。画面には、「計画は順調ですか?」というメッセージが届いていた。

「…順調、とは言えないわね」

晴香はそう呟き、返信を打とうとした。その時、背後から声をかけられた。「楠木さん」

振り返ると、そこに立っていたのは、まさかの人物だった。「…潤さん?なぜここに…」

潤は意味深な笑みを浮かべた。「君のことを、少し調べさせてもらったんだ」

晴香の心臓が跳ね上がった。全てを知られたのか?

「君の父親のこと、そして…君が抱いている楠木製薬への憎しみのこと」

潤はゆっくりと近づき、晴香の耳元で囁いた。「…そして、君が誰と連絡を取っているのかもね」

晴香は息を呑んだ。潤は、一体何を知っているのだろうか。そして、これからどうするつもりなのか。

その時、潤の携帯が鳴った。画面に表示されたのは、「黒崎」という名前。晴香はその名前に聞き覚えがあった。黒崎…それは、楠木製薬の内部情報を、晴香に流している人物の名前だった。

潤は電話に出た。「ああ、黒崎か。例の件、確認できたよ。…楠木晴香は、君の仲間だ」

晴香は絶望した。全てが終わった。潤は、最初から全てを知っていたのだ。

「…さあ、楠木さん。一緒に来てもらおうか」

潤は冷たい笑みを浮かべ、晴香の手を掴んだ。その瞬間、晴香は全てを悟った。潤は、ただの御曹司ではなかった。彼は、楠木製薬を守るための、秘密の番人だったのだ。

連れて行かれたのは、会社の地下にある、誰も知らない秘密の部屋だった。そこで晴香を待っていたのは、信じられない光景だった。部屋の中央には、拘束椅子に縛られた黒崎がいたのだ。「…まさか、黒崎さん…!」

潤は静かに言った。「お楽しみは、これからだ」