花火大会の夜、兄の親友に告白された

Chapter 1 — 花火大会の夜、兄の親友に告白された

降り止んだばかりの雨が、アスファルトを濡らし、夜のネオンを妖しく反射させていた。傘を閉じ、溜息をつく私の頬を、生暖かい風が撫でる。まるで、私の心のざわめきを嘲笑うかのように。

「こんなことになるなんて、思ってもみなかった…」

香坂芹奈、25歳。大手広告代理店に勤めるOL。平凡な毎日を送っていたはずだった。それが、一週間前に全てが変わった。父の紹介で、誰もが羨むエリート御曹司、黛篤と出会ったのだ。

黛篤。黛グループの跡取り息子。容姿端麗、頭脳明晰、そして何よりも、信じられないほど優しい。まるで少女漫画から飛び出してきたような完璧な男性だった。初対面の日、緊張でガチガチだった私に、彼は優しく微笑みかけた。「香坂さん、どうぞリラックスしてください。堅苦しいのは苦手なんです」と。

その日から、私たちは急接近した。毎日のように連絡を取り合い、週末には食事に出かけるようになった。篤さんは、私の話に熱心に耳を傾け、どんな些細なことでも褒めてくれた。まるで、私が世界で一番大切な存在であるかのように。

しかし、篤さんには秘密があった。婚約者がいるのだ。名門華族の娘、南条澪。澪さんは、容姿端麗、才色兼備で、篤さんにふさわしい女性だと誰もが認めていた。両家の事情もあり、婚約は絶対だと聞かされていた。

「知っていたはずなのに…」

篤さんに惹かれていく自分を止めることができなかった。彼の優しさに、彼の笑顔に、私は溺れていった。そして、禁断の恋に足を踏み入れてしまったのだ。

週末の夜、私たちはいつものように、表参道の隠れ家のようなレストランで食事をしていた。シャンデリアの光が、篤さんの横顔を照らし出し、ため息が出るほど美しかった。「芹奈さん」と、篤さんは優しい声で私の名前を呼んだ。私は、胸の高鳴りを抑えながら、彼を見つめ返した。

「芹奈さんのことが、好きだ」

その言葉を聞いた瞬間、私の心は張り裂けそうになった。嬉しさと罪悪感とが、入り混じり、激しい嵐のように私の心を揺さぶった。「でも、僕には婚約者が…」と、篤さんは苦しそうな表情で付け加えた。

わかっていた。わかっていたはずなのに、彼の言葉は、私の心を深く抉った。涙が溢れそうになるのを必死で堪え、私は無理やり笑顔を作った。「知ってるよ。だから、これは秘密の恋だね」

その夜、篤さんは私を自宅まで送ってくれた。マンションの前で、私たちはしばしの間、無言で見つめ合った。そして、篤さんは意を決したように、私の手を握った。「芹奈さん、僕は…」

その時、一台の黒塗りの高級車が、私たちの目の前に止まった。車のドアが開き、中から現れたのは、美しい着物を着た女性。南条澪だった。彼女は、冷たい視線で私たちを見下ろした。「篤様、遅くなりましたわ。お迎えに参りました」

澪さんの登場に、私は息を呑んだ。篤さんは、彼女の姿を見て、明らかに動揺していた。澪さんは、ゆっくりと私たちに近づき、篤さんの腕に絡みついた。「あら、篤様。どちらの女性かしら?」彼女の声は、信じられないほど冷たかった。篤さんは何も言えずに、ただ立ち尽くしていた。

澪さんは、私の目をじっと見つめ、薄く笑った。「あなた、篤様に近づかないで頂けますかしら?篤様は、私の婚約者ですもの」

私は、何も言い返すことができなかった。澪さんの言葉は、私を打ちのめし、何もかも奪い去った。私は、ただ震えることしかできなかった。

その時、篤さんが突然、澪さんの腕を掴んだ。「澪さん、やめてくれ!」篤さんの声は、今まで聞いたことのないほど力強かった。「芹奈さんは、僕にとって大切な人なんだ!」

篤さんの言葉に、澪さんは驚いた表情を浮かべた。そして、ゆっくりと口を開いた。「篤様…それは、どういう意味ですか?」

篤さんは、覚悟を決めたように、澪さんを見つめ返した。「澪さん、申し訳ない。僕は、芹奈さんのことが好きなんだ。君との婚約は、解消させてほしい」

篤さんの言葉は、夜の静寂を切り裂き、私たち三人の運命を大きく狂わせようとしていた。澪さんの顔から、全ての表情が消え去った。そして、信じられないほどの低い声で言った。「篤様…本気でおっしゃっているの?」

篤さんは、静かに頷いた。その瞬間、澪さんの顔が歪み、狂気に満ちた笑みを浮かべた。「篤様…後悔なさらないでくださいね…?」

澪さんの言葉は、まるで氷のように冷たく、私の背筋を凍らせた。これから何が起こるのか、想像もできなかった。

その夜から、私の人生は、予想もつかない方向に転がり始めることになった……。