法事で「彼氏です」と紹介した相手は、課長でした

Chapter 1 — 法事で「彼氏です」と紹介した相手は、課長でした

「航、いい加減にしろ!」

土曜日の昼下がり、実家の仏間には、低い怒声が響き渡っていた。声の主は、他でもない、僕の父だ。畳に正座した僕を、鋭い目で睨みつけている。

事の発端は、先ほどまで行われていた法事だった。亡くなった祖父の三回忌。親戚一同が集まる、年に一度の憂鬱なイベントだ。そこで、僕はやらかしてしまった。

「紹介します。僕の、彼氏の、美園さんです」

そう、親戚一同の前で、会社の上司である美園綾音さんを、恋人だと紹介してしまったのだ。もちろん、嘘だ。

春日家は、それなりの名家だ。長男である兄は、すでに政略結婚を済ませ、家業を継いでいる。次男である僕にも、お見合いの話が、ひっきりなしに舞い込んでくる。特に、鷹司グループの令嬢、鷹司芽依さんとの縁談は、親族一同が乗り気だった。

しかし、僕は、お見合い結婚なんてまっぴらごめんだ。自由な恋愛がしたい。それに、密かに想いを寄せている人がいる。それが、美園綾音さんだった。

美園さんは、僕の部署の課長で、才色兼備の憧れの女性だ。優しくて、仕事ができて、いつも僕を気にかけてくれる。そんな彼女に、僕は、ずっと片思いをしている。

法事の数日前、僕は、いつものように、親からの電話で、お見合いの話をされていた。うんざりした僕は、つい、口走ってしまったのだ。「もう、恋人がいるから、お見合いは結構です」と。

案の定、両親は、恋人のことを根掘り葉掘り聞いてきた。僕は、咄嗟に「会社の同僚だ」と答えてしまった。そして、法事に連れてくるように、言われてしまったのだ。

どうしようかと頭を抱えていた僕に、救いの手を差し伸べてくれたのは、親友の航だった。「お前、美園さんのこと、好きなんだろ? だったら、頼んでみればいいじゃん。一日だけ、恋人のフリをしてくれって」

最初は、そんなことできるわけがない、と断った。しかし、他に方法がなかった。僕は、藁にもすがる思いで、美園さんに事情を説明し、お願いしてみた。

すると、美園さんは、少し驚いた顔をした後、「わかりました。一日だけなら、協力しますよ」と、快く引き受けてくれたのだ。

そして、今日。僕は、美園さんを、恋人として、親戚一同に紹介してしまった。場は騒然となった。特に、鷹司家の関係者は、露骨に不快感をあらわにしていた。

父は、僕を厳しく叱責した後、美園さんに向き直り、深々と頭を下げた。「本日は、誠に申し訳ございませんでした。航が、ご迷惑をおかけしました」

美園さんは、少し困ったような笑顔で、「いえ、そんな。お気になさらないでください」と答えた。

法事が終わり、親戚一同が解散した後、僕は、父に呼び出された。「航、お前、本気なのか? 美園さんと、本当に付き合っているのか?」

僕は、覚悟を決めて、答えた。「はい。美園さんのことを、真剣に考えています」

父は、しばらく黙り込んだ後、重々しく口を開いた。「わかった。だが、鷹司家との縁談は、そう簡単に諦められない。お前に、猶予を与えよう。一ヶ月後、美園さんを連れて、改めて挨拶に来なさい。その時、美園さんの人となりを見て、鷹司家との縁談をどうするか、判断する」

僕は、思わず息を呑んだ。一ヶ月後、美園さんと、両親に挨拶……? それは、つまり、一ヶ月間、恋人のフリを続けなければならないということだ。

美園さんは、快く引き受けてくれたものの、それは、あくまで、一日だけの約束だったはずだ。これから、どうすればいいんだ……。

僕は、不安と緊張で、胸がいっぱいになった。その時、スマホが震えた。画面を見ると、美園さんからのメッセージだった。

「春日くん、今日のこと、お疲れ様でした。少し、お話があります。今夜、いつものBARで、待っています」

いつものBAR……? 一体、どんな話があるんだろう。僕は、ますます不安になった。

夜、僕は、指定されたBARに向かった。ドアを開けると、カウンター席に、美園さんが座っていた。少し、顔色が悪いように見える。

「美園さん……?」

彼女は、僕に気づくと、静かに微笑んだ。そして、グラスを傾けながら、こう言った。「春日くん、あのね……実は、私……」

美園さんの言葉は、そこで途切れた。彼女の視線の先には、信じられない人物が立っていた。それは、鷹司グループの令嬢、鷹司芽依さんだったのだ。

芽依さんは、僕たちを冷たい目で見下ろしながら、ゆっくりと近づいてきた。「あら、美園さん。こんなところで、何をしているのかしら?」

美園さんと芽依さん。二人の間には、ただならぬ緊張感が漂っていた。一体、何が始まるのだろうか……。僕は、息を呑んで、その場に立ち尽くすしかなかった。